今回登ってきたのは霊山(りょうぜん)
(かなり爺むさい過ごし方です)
上の写真は磐梯熱海駅前の足湯。
下の写真は年末の郡山駅前
でもって年が明けた、1月1日。
妻の実家に御年始に向かい年始のご挨拶。その後ニューイヤー駅伝を見てごろごろしておりましたが、ツイッターを見ると、一番近いところにある山、霊山(伊達市と相馬市との境、標高825mの山)に登っている人が結構いらっしゃる様子。運動不足もあって、少し体を動かしたかったので自分も霊山に向かいました。妻の実家から霊山まではおよそ15キロです。
今回登ってきたのは霊山(りょうぜん)
上の写真は磐梯熱海駅前の足湯。
下の写真は年末の郡山駅前
でもって年が明けた、1月1日。
妻の実家に御年始に向かい年始のご挨拶。その後ニューイヤー駅伝を見てごろごろしておりましたが、ツイッターを見ると、一番近いところにある山、霊山(伊達市と相馬市との境、標高825mの山)に登っている人が結構いらっしゃる様子。運動不足もあって、少し体を動かしたかったので自分も霊山に向かいました。妻の実家から霊山まではおよそ15キロです。
あけましておめでとうございます。2013年もよろしくお願いいたします。(^-^)/
2013年記念すべき第一回目の登り始めは霊山になりました。
霊山は、(りょうぜん)と呼びます。おどろおどろしい名前の山ですが、標高825mの低山ながら、歴史のある山で、国の名勝でもあり、日本百景にも選ばれている山でもあります。
福島市から車で50分。阿武隈高地の北部に位置する霊山は、古くから修験道の山として有名です。
この霊山、平安時代に開かれ、天台宗の拠点として賑わいます。南北朝時代、南朝の拠点として名をはせますが、南朝の衰退とともに、この霊山も落城します。
南北朝時代というのは、大河ドラマにもあまり登場する機会のない時代なので、よくわからないという方も多いと思いますが、簡単に時代説明をいたしますと、
①後醍醐天皇という天皇がいて、この人は足利尊氏が大嫌いだった。と思ってください。
②その足利尊氏が武士を束ねて実質権力者になりますが、武士の頭領になるには、征夷大将軍にならなければなりません。
③この征夷大将軍を任命するのは天皇の仕事。足利氏をきらっている後醍醐天皇が、征夷大将軍を任命するはずもなく、足利尊氏がとった作戦は、もうひとり天皇を立てようというものでした。
④そこで・・・88代後嵯峨天皇の流れを汲む、光明天皇を立てて京都に都を開きます。こうして、京都に北朝、奈良に南朝が誕生します。しかし、武士の後ろ盾をもっている北朝は徐々に優位に政治をすすめ、ついに南朝と北朝は統一されて足利幕府が権力をひとつにまとめます。
ちょっと前置きが長かったですね。
おー、景色いい!。結構高度感ありますよ。(^-^)/
下まではどれくらい高さがあるでしょうか?25mくらいかな?
↓